2010年1月 6日

犬山城の近現代

明治の廃藩置県で廃城となり、天守を除いて櫓・城門などほとんどが取り壊された。1891年(明治24年)の濃尾地震で天守の東南角の付櫓が壊れため、1895年(明治28年)に城の修復を条件に旧犬山藩主成瀬正肥に無償で譲渡された。また1959年の伊勢湾台風で被害を受けたため、1961年から1965年まで解体修理を行った。2004年(平成16年)3月時点で日本で唯一の個人所有の城であったが、同年4月に財団法人犬山城白帝文庫に移管されている。

2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(43番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。

犬山城は木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名、白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられる。

前身となる砦を織田信長の叔父である信康が改修して築いたものを石川光吉が改修し現在のような形となった。この際の建築用材は金山城の建物の一切を解体移築したという「金山越」の伝承がある。江戸時代には尾張藩の付家老が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。近年まで、城主であった成瀬家が個人所有する文化財であったが、現在は財団法人に譲渡されている。


現存する天守は、1935年(昭和10年)に国宝保存法に基づき当時の国宝(旧国宝)に指定、1952年(昭和27年)には文化財保護法に基づき、あらためて国宝に指定されている。

廃藩置県の際に払い下げられた建造物として、矢来門が専修院東門に、黒門が徳林寺、松ノ丸門が千秋寺、内田門と伝わる城門が瑞泉寺にそれぞれ移築され現存する。また、どこの門かは不明であるが、いくつかの城門が蓮善寺他に移築現存する。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
明治の廃藩置県で廃城となった後のことについて調べました。

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